美しく色づいた、美作路を走りながら娘と二人で“かい”のことを話しました。
5月に骨肉種の宣告を受け6ヶ月!
いい年をしたおばさんが、取り乱してはと自らに言い聞かせながら、先生の話を聞いた日、
全身の力が抜け“かい”の頸を抱きしめて泣きました。
陽気で明るい笑顔の“かい”を見ながら、あらゆる本を読みあさり、獣医さんに相談し
何とかしょうとあせっていた日々、重い気持ちで犬舎を見ると静かな笑顔の“かい”の姿がありました。
何も知らない“かい”は「6ヶ月先のことなんて関係ないよ!」といっていました。
目からウロコが落ちた時、残された日々を大切にしょうと決心しました。
除々に肥大していく前脚、痛みのため歩行が困難になり玄関先まで出て行くことさえ出来なくなったのは、宣告から2ヶ月後!
それでも、ことのほか暑かった今年の夏も食欲もあり機嫌も良く、歩けない事を除けば
なんらいつもの変わらない様子に何処かで奇跡を信じていました。
でも前脚の病巣は着実に広がり、大きさは2倍程になって違和感のために前脚を噛む
“かい”の口は血だらけで家族を驚かせ、その日からガーゼ交換が始まりました。
消毒をし減菌ガーゼを当て、弾力包帯を巻きその上をガードして、レッグウォーマーを
履かせる。“かい”に「噛んじゃダメよ!」と声をかける。
やっと涼しくなった頃には、食事量は半分ほどになり、排泄の為の移動も困難になり
排泄物の中で横たわる“かい”をシャンプーしながら着実に軽くなっていく“かい”を実感した日、自慢の真っ白いしっぽの毛を刈ることになった日、“かい”にも自分にも
「さあっ!戦うぞ!」と宣言しました。そして2ヶ月、敗血症の危険が出てきた頃、先生と相談し、断脚を決めました。
夫からは「欲を出すな!」とたしなめられ、手術に送った日、麻酔から覚めた“かい”を
家族中で迎えた夜は、ご機嫌で笑顔の“かい”に皆が胸をなでおろし、久し振りによく眠りました。それから4日目、“かい”はあっけなく去ってしまいました。
今日から犬舎に寝ようかと思っていた日の夕方のことでした。
小さな箱に入っての帰宅!中の骨には沢山の黒い部分!
戦って去った姿がそこにありました。我が家の犬猫18匹のボスだった“かい”は表情豊かで、こまやかで素晴らしく優しいセントバーナードでした。
9歳の誕生日まであと3ヶ月、力つきた彼のことを忘れることはありません。
今日、ピュアのバーナード達を見ながら、そして“かい”の残した子供“サリー”を撫でながら、楽しかった沢山の思い出がよみがえります。
匂いもヨダレも何もかもが愛しいバーナード達、私の中での生涯の犬はやはりセントバーナードだと思っています。又、逢いに行かせてください。
お申し出に感謝を込めて・・・澤 美由記





2002年の秋、紅葉も終わろうとする11月24日に、最後となった“かい君”の写真と共に一通の手紙が私のもとに届きました。
写真には「笑ってる“かい”の顔」と添え書きがありました。

(JKCCH・ピュアホワイテイーJPライクスカイ)“かい”は、1994・2・8に私のケネルで生まれました。
それは素晴らしいセントバーナード犬でした。

“かい君”あなたは幸せでしたよ!
あなたのオーナーはかい君が一番良く知ってるようにどこまでも優しくて、あなたを宝物のように大切に大切に慈しんでくれました。
私が無理やり引っ張り出したドッグショーも「“かい”が嫌がってる!」と言ってあなたが優勝カップをもらっても少しも喜ばなかった・・・
いつも、あなたの気持ちになって考え、喜び、哀しんでくれた優しいあなたのお母さんでしたね・・今度は、“かい君”が遠いお星様からお母さんを見守ってあげてください。
“かい”ありがとう・・安らかにおやすみなさい。  合掌